【正直レビュー】万城目学『鹿男あをによし』|前半は地味なのに、後半で全部持っていかれた話

書評

万城目学の作品は、読む前から「どうせ変な話なんでしょ」とわかっている。だって、それが彼の作風だから。そして、気がついたら引き込まれ、中毒になる。

『鴨川ホルモー』を読んで、ついでと言ってはなんだが『鹿男あをによし』も読んでみた。タイトルからして不思議で、奈良の鹿が出てくることだけはわかる。でも『「あをによし」って何?』と思いながらページをめくり始めたら、そのまま止まれなくなってしまった。

私的には主人公の「おれ」がとにかくダメな人間で、好きになれない。でも、不思議と読み進めるうちに、このダメさが愛おしくなってくる。奈良の空気感と相まって、不思議な読後感が残る一冊だった。


作品の基本情報

  • タイトル:鹿男あをによし
  • 著者:万城目学(まきめまなぶ)
  • 受賞歴:第137回直木賞候補、第5回本屋大賞ノミネート
  • あらすじ:神経を病んで大学の研究室から逃げるように赴任した奈良の女子高。そこで「おれ」を待っていたのは、神の使いを名乗る鹿だった。「日本を救う使命がある」と言われ、三角縁神獣鏡をめぐる謎と、奈良・京都・大阪を舞台にした古代からの秘密の「ゲーム」に否応なしに巻き込まれていく、ちょっとおかしくて切ない歴史ファンタジー。

読んでみての正直な感想①:最初は「なんで鹿が喋るの」という当惑

物語の主人公は、大学院で研究を続けながらも精神的に消耗し、奈良の女子高に臨時教員として赴任することになった28歳の男性。名前は最後まで明かされない「おれ」だ。

そのおれが、赴任初日にいきなり鹿に話しかけられる。「目の運び番」になれ、と。1800年前から続く仕組みで、奈良の鹿・京都の狐・大阪の鼠が60年に一度、鎮めの儀式を行って大鯰を封じ込めてきた。それをやり遂げなければ、富士山が噴火し、日本が滅ぶ、というのだ。

設定だけ見ると完全に荒唐無稽で、「また万城目さんの突き抜けた話か」と思う。でも『鴨川ホルモー』のときと違うのは、笑いの要素よりも切なさと不安が前面に出ていること。主人公が本当に追い詰められた状態で奈良に来ているので、鹿に頼まれごとをされても「もう何でもいいや」という投げやりな受け入れ方をするのが、なんとも妙なリアリティがある。


読んでみての正直な感想②:奈良の風景が、こんなに物語に合うとは

この小説の大きな魅力のひとつは、舞台が奈良であることだと思う。古都の空気、鹿が普通に歩いている日常、女子高の剣道部、東大寺や春日大社が背景にある日常。それが万城目さんの筆にかかると、非現実的な設定と不思議なくらいうまく馴染む。奈良では鹿が普通に人間と交わってアスファルト上を歩く姿は想像できないだろうけど、嘘のように本当の風景が奈良公園周辺にはあるみたいに。

主人公は剣道部の顧問も任されて、部員の女の子たちとのやり取りが続く。特に、同僚教師の藤原さんとのやりとりが読みどころで、彼女がどういう人物なのかが少しずつ見えてくる構成が丁寧だった。

京都が舞台の『鴨川ホルモー』は、どこか学生の祭りっぽい騒がしさがあったけれど、こちらはもっと静かで、歴史の重みみたいなものが漂っている。奈良という土地の持つ、古くて深い感じが物語全体に効いていた。読んでいて何度か「ああ、奈良に行きたいな」と思ったくらい、場所の描写が心地よかった。


読んでみての正直な感想③:ラストに向かうにつれて、なぜか泣きそうになった

クライマックスに向かうにつれて、物語の温度がじわじわと上がっていく。儀式の謎、犯人探し、剣道の大和杯、主人公の再生。バラバラに動いていた糸が最終章でまとまっていく感覚は、『鴨川ホルモー』にも通じる万城目さんの得意技だと思う。

でも今回は笑いよりも、静かな感動の方が強かった。主人公のおれが、奈良に来る前はボロボロだったのに、大事なものを少しずつ取り戻していく過程が、丁寧に描かれている。鹿に頼まれた使命を果たそうとする姿が、いつの間にかおれ自身の再生と重なっていて、ラストを読んだときに「あ、この話ってこういうことだったのか」とじんとした。

笑える場面もたくさんあるのに、読後感は不思議と清々しい。ちょっと人生に疲れているときに読むと、特に染みるかもしれない。


こんな人におすすめ

万城目学をまだ読んだことがない人の入門書として、歴史や古都の雰囲気が好きな人、「笑えて、ちょっと泣ける」話が読みたい人、人生に少し疲れていて、静かに元気をもらいたい人におすすめしたい。


まとめ

鴨川ホルモーと比べると、熱量や疾走感はやや控えめ。序盤のスロースタートに少し戸惑い、登場人物の多さに何度かページを戻した。『鴨川ホルモー』が「ばかばかしくて愛しい青春」なら、『鹿男あをによし』は「不思議で切なくて、でも前に進める話」という感じ。同じ万城目作品でも、読んだあとの余韻がずいぶん違う。

万城目学らしい「ありえないけど、なぜか信じられる世界観」は、この作品でも健在。前半を乗り越えた先に待っているものは、後半の伏線回収の快感。主人公の静かな再生の物語は、この作品にしかない味だった。読了後に「奈良に行きたい」と思ったのは、きっと私だけではないはずだ。

ボリュームはあるけれど、テンポがよくて飽きずに読める。奈良の鹿が喋り出す設定に「ついていけるかな」と思う必要はない。読み始めたら自然と馴染んでいくから、まずは最初の50ページだけ読んでみてほしい。万城目学さんの作品の中でも、特に後半の畳みかけが見事な一冊。おすすめ。

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