本屋でこのタイトルを見かけたとき、最初に思ったのは「ホルモー…?ホルモン…?」だった。
裏表紙のあらすじを読んでも、何がなんだかよくわからない。2026年6月には、シリーズ完結編となる『ホルモー燦燦』の発売が決まっているという。続編が出る程面白いのか?確か映画にもなったような…結局そのまま買って帰った。
40代も半ばになり、大学生の青春物語なんて正直そこまで刺さらないだろうと思っていた。どうせ遠い世界の話で、「若いっていいよね」と他人事のように眺めるだけで終わるだろうと。
ところが!
気づけば途中からページをめくる手が止まらなくなっていた。
ばかばかしい設定の裏側に、ごくごく真っ当な恋の痛みや、思い通りにいかない悔しさや、それでも諦めきれない若さが、ちゃんと詰まっていた。
「あ、こういう気持ち、私にもあったな」
そう思わされた瞬間、この小説との距離がぐっと縮まった。
作品概要
- 著者:万城目学(まきめ・まなぶ)。1976年大阪府生まれ、京都大学法学部卒。化学繊維会社に勤めながら書き上げた本作でデビューした、異色の経歴の持ち主。
- 受賞歴:第4回ボイルドエッグズ新人賞受賞。本屋大賞にもノミネートされ、文庫は39万部を超えるベストセラーに。映画化もされている。
- あらすじ:二浪の末に京都大学へ入学した安倍は、葵祭の帰り道に怪しいビラを受け取り、「京大青竜会」というサークルへと足を踏み入れる。そこで出会った早良京子への一目惚れをきっかけに、彼はいつの間にか「ホルモー」という謎の競技に巻き込まれていく。ホルモーとは、京大・立命館・龍谷・京都産業大の四大学が、目に見えない小鬼(オニ)を操って戦う、数百年続いた秘密の対抗競技のこと。吉田神社、糺の森、三十三間堂……京都の名所を舞台に、恋と戦と成長が入り乱れる青春エンタテインメント。
「ホルモーって何なの」から始まる読書体験
読み始めて最初に感じたのは、「入り口がわかりにくい」という戸惑いだった。
主人公の安倍が怪しいサークルに引き込まれ、「ホルモー」という謎の競技の存在を少しずつ教えられていく前半は、読者も安倍と同じように”何が起きているのかよくわからない”状態のまま読み進めることになる。
正直に言うと、ここで一度中断しかけた。
ホルモーの正体がほのめかされるまでの描写が、丁寧なのか焦らしているのか判断しかねる長さで……。「これ、どこへ向かう小説なんだろう」という不安が先に立って、面白さを感じるより先に疲れてしまいそうになった。
ところが後半に入ったとたん、「前半が全部伏線だった」と気づかされる。
あの回りくどい説明の一つひとつが、ホルモー本番の臨場感を下支えするために必要だったのだとわかる。万城目学という作家は、一見まわり道をしながら、実はかなり計算された構成で書いている。読み終えてから振り返ると、前半の「よくわからない感」を楽しむつもりで読むのが正解だったのだと思う。
馬鹿馬鹿しいの中に宿る、本物の青春
ホルモーの正体が明かされたとき、まず思ったのは「……なんで?」だった。
目に見えないオニを操る大学対抗戦。チョンマゲをして鴨川の河原に集まる若者たち。負けた側が絶叫する「ホルモオオオオ……!」
これを正面から受け取れるかどうかは、読む人の感性による部分が大きい。設定に最後まで乗り切れなかったという感想があることも、十分頷ける。
ただ、ばかばかしければばかばかしいほど、なぜかそこに宿ってしまうのが青春の輝きというやつで。
本作のうまさは、奇想天外な設定の中に、ごくごく普通の”片思い”と”裏切りと友情”と”自分への失望”を仕込んでいるところだと思う。安倍が早良京子に一目惚れした瞬間から、物語の縦軸はずっと「恋が成就するかどうか」だ。ホルモーという舞台装置は、恋の行方と絡み合う道具として機能している。
ホルモーで空回りし、恋でも空回りしていく安倍の情けなさが、コミカルに、でもどこか痛々しく描かれる。もう一人のヒロインである楠木ふみの、不思議な存在感と強さも印象に残った。ファンタジーの衣をまとってはいるけれど、中身は割と普遍的な話だと思う。
万城目ワールドの原点として
万城目学は本作の後、「鹿男あをによし」「プリンセス・トヨトミ」「偉大なる、しゅららぼん」と、日本の歴史ある都市を舞台に奇想天外なファンタジーを書き続けてきた。
それらと比べると、本作には「荒削り感」があることは否めない。著者がまだ試行錯誤している痕跡が、随所に感じられる。
それでも、だからこそ——デビュー作である本作をいちばん好きだという読者が多いことが、読んでみるとわかる気がする。洗練される前の、勢いとエネルギーと、「こんなことを小説にしてしまっていいの?」という無邪気な突破力が、この一冊にはある。
2026年6月には、シリーズ完結編となる『ホルモー燦燦』の発売が決まっている。デビューから約二十年が経った今も、万城目学は”ホルモー”の世界に戻ってきた。そのことが、この作品が著者にとっても特別な場所であり続けていることを示しているのだと思う。
完結編が出る今は、シリーズをまとめて読む絶好のタイミングでもある。
こんな人におすすめ
- 京都が好き、または京都に縁のある大学を卒業した人
- 突飛な設定よりも、その中の人間模様や恋愛描写を楽しみたい人
- 学生時代の青春を、少し距離を置いて懐かしみたい大人
まとめ
「面白いよ」と言いたいけれど、全員にそうかどうかは正直わからない。
前半のじらしに耐えられるかどうか、荒唐無稽な設定を許容できるかどうかで、印象がかなり変わる作品だと思う。
ただ、デビュー作でこれだけのものを書き上げた万城目学という作家の力量は、評価の高低にかかわらず伝わってくるはずだ。
読み終えた後、なぜか京都の地図を広げたくなる。糺の森や吉田神社に行ったことがある人なら、読んでいる最中にあの場所の光景が浮かんでくるだろう。そういう読後感を残してくれる小説は、意外と少ない。
まだ読んでいないなら、完結編の前に読んでおいて損はない。


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