【正直レビュー】王谷晶『ババヤガの夜』|痛覚すら快感に変える、狂おしくも美しいシスター・バイオレンス

書評

私は『暴力』という言葉には、痛み、恐怖、あるいは忌むべき破壊の衝動のイメージを持つ。しかし、王谷晶さんの『ババヤガの夜』では、『暴力』とは誰かに押し付けられた窮屈な世界を、自らの拳でこじ開け、出口を捻り出すための「生存戦略」であり、同時に切実な「叫び」だと描かれている。

本作は、英国推理作家協会賞のダガー賞翻訳小説部門を受賞し、世界中のミステリファンを震撼させたシスター・ハードボイルドの傑作です。「暴力以外に趣味がない」と公言する主人公・新道依子。彼女が腕を買われ、暴力団会長の一人娘の護衛を任されるところから、この物語は始まります。友情でも愛情でもない、魂の深淵で結びついた二人が、血と硝煙の中で見出したものとは一体何だったのか。ページをめくる指が止まらなくなる、暴力と愛が狂ったダンスを踊るような読書体験について、正直にレビューしていきたいと思います。


『ババヤガの夜』作品概要

  • 著者: 王谷晶
  • 受賞履歴: 英国推理作家協会賞(CWA)ダガー賞 翻訳小説部門受賞
  • あらすじ: 「暴力を唯一の趣味とする」孤独な女・新道依子。彼女は腕を見込まれ、暴力団会長の一人娘である少女・一ノ瀬リコを護衛することになる。一見、住む世界が違う二人の出会いは、やがて予想を遥かに超えた激しいバイオレンスと、抗いようのない絆へと発展していく。シスターフッド文学の常識を根底から覆す、シスター・バイオレンスアクションの決定版。

痛みとともに目覚める、名前のつかない「絆」の形

兎にも角にも読みやすい。良くも悪くも、一気にすらすらと読めてしまう作品でした。

この物語の最大のエンジンは、依子とリコという二人の女の間に生まれる言語化困難な関係性です。物語の冒頭、二人は圧倒的に対照的な存在として描かれます。荒っぽい依子と、暴力団の令嬢という守られた存在のリコ。しかし、共に血を流し、死線を潜り抜けていく過程で、その境界線は霧散していきます。彼女たちの関係は、単純な「友情」や「恋愛」という言葉を卓越した何かであるのですが、残念ながら上手く表現する言葉がみつかりません。

本作を読んでいて印象的だったのは、彼女たちが抱える孤独の「成分」が一致した瞬間の美しさです。依子は暴力という手段で、リコは環境という壁の中で、それぞれが世界に対して抱いてきた違和感を、互いの中に発見する。その共鳴は、傷口を舐め合うような静けさではなく、互いの拳を突き合わせるような激しさで描かれます。この「名前など付けられない」絆こそが、現代シスターフッド文学の新たな地平を切り拓いたと言っても過言ではないと思います。王谷さんの筆致は、決して感傷に流されず、ハードボイルド特有の冷徹さと、魂が剥き出しになるような熱さが同居しており、私を容赦なく作品の核へと引きずり込みました。


世界を壊し、再構築する暴力。刷新されたハードボイルド像

本作を読んでいて感じたのは、暴力に対する作者の価値観です。通常、小説における暴力は「悪」として処理されるか、あるいは派手な記号として消費されがちです。しかし、王谷さんは「まず、この世界を壊せ」というスタンスで物語を突き進めます。依子という主人公を通して描かれる暴力は、既存の社会システムや抑圧的な環境を、物理的に粉砕するためのツールとして機能しているのです。

特に、本作の装画が体現するような、少し非現実的で、しかし恐ろしくリアルな肉体の躍動感。拳が咆哮し、骨が軋む音まで聞こえてきそうな描写の数々は、暴力の痛みだけでなく、そこから解放される瞬間の「快感」さえも読者に共有させます。過去作『完璧な彼女たち』などと比較しても、本作の暴力描写はより尖鋭化し、物語の推進力として完全に制御されています。暴力の後に残る虚しさや、それでも止まらない怒りの行き場。そうした極めて人間臭い葛藤が、銃声の合間にこっそりと差し込まれている点に、王谷晶という作家の底知れない知性を感じずにはいられません。


読後に襲いかかる「読了の喪失感」と、疼くような余韻

物語のラストシーンで、彼女たちが選び取った結末には、一種の諦念と、それを遥かに上回る肯定感がありました。「悲しく笑う」少女が、最後にはどんな表情をしたのか。ぜひ、その目で確かめてください。物語を閉じた後、街を歩く自分の足取りが、いつもより少しだけ強く、地面を踏みしめていることに気づくはずです。既存の枠組みを壊し、その破片の上で踊るような彼女たちの姿。そのバイオレンスの果てにあるのは、救済ではなく、間違いなく「生」の証明でした。これほどまでに激しく、かつ魂に刻まれる読書体験は、そうそうあるものではありません。


おすすめしたい人

  • シスターフッドという言葉を、既存の枠組みを超えて追求したい方
  • 暴力的なまでに熱い、魂の連帯を描いたハードボイルドを求めている方
  • ありふれた日常に退屈を感じ、物語の力で世界を「破壊」してほしい方
  • ダガー賞受賞作など、世界が評価した強烈な翻訳ミステリの熱量を味わいたい方

まとめ:あなたの心の中にもある、壊すべき壁のために

『ババヤガの夜』は、単なるバイオレンス小説ではありません。それは、社会のルールや他人の期待によってがんじがらめにされた私たちの魂を、暴力という名の解体槌(ハンマー)で打ち壊してくれる、切実な「解放の書」です。

ダガー賞を受賞したという事実も納得で、本作には言語の壁や文化の違いを超えて、人類共通の「抑圧された魂が解放されたときの興奮」を呼び起こす力が宿っています。ただ、この圧倒的な暴力描写の連続に、胃がもたれるような感覚を覚えるというのも事実です。海外読者にはうけるかもしれませんが、日本の小説になれていると、生々しい表現に恐怖と嫌悪感を感じます。好き嫌いの賛否が分かれる類の作品だと感じます。

ただ、読後感はまるで激しい運動をした後のような心地よい疲労と、身体の芯から温まるような興奮に包まれるのも事実です。依子とリコが辿り着いた境地は、私たちにとっても「一つの答え」となるかもしれません。どんなに過酷な世界であっても、自分自身で武器を手に取り、自分の道を選ぶことはできるのだと、彼女たちは拳を挙げて教えてくれました。もし今、あなたが何かに息苦しさを感じているなら、この物語があなたの光になるかもしれません…

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