【正直レビュー】野宮有『殺し屋の営業術』|命をチップに商談成立?乱歩賞の常識を撃ち抜く「不謹慎な快作」

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本作は、江戸川乱歩賞という伝統ある舞台に、全く新しい風を吹き込んだ異色のエンターテインメント作品です。

日々、数字という名の冷徹な神に祈りを捧げ、理不尽なノルマに追われるすべてのビジネスマンに、この物語を捧げたい。目標達成のために神経をすり減らし、顧客の顔色を伺い、自尊心を削りながら頭を下げる――そんな「営業」という泥臭い営みが、もしも「命のやり取り」が飛び交う裏社会で最強の武器になったとしたら?

2025年、第71回江戸川乱歩賞をぶっちぎりの評価で受賞した野宮有さんのデビュー作『殺し屋の営業術』は、そんな突飛な空想を、圧倒的なリアリティとスピード感で物語へと昇華させた一冊です。重厚な社会派や緻密な本格ミステリーが並ぶ歴代の受賞作の中で、本作が放つ異彩はまさに衝撃的。死線さえもクロージングのチャンスに変えてしまう、前代未聞の「ビジネス・ハードボイルド」を、私なりの視点で徹底的に解剖していきます。


『殺し屋の営業術』作品概要

  • 著者:野宮有
  • 第71回江戸川乱歩賞受賞作(選考委員:東野圭吾、湊かなえ、有栖川有栖ら絶賛)
  • あらすじ:契約のためなら手段を選ばない凄腕営業マン・鳥井は、偶然訪れたアポイント先で刺殺体を発見し、犯人の「殺し屋」に捕らえられてしまう。口封じに消される寸前、鳥井はプロの営業トークを武器に殺し屋へのコンサルティングを開始。「私を雇えば、あなたの契約率は上がる」と豪語し、殺人請負会社への転職を成功させる。そこから始まるのは、2週間で2億円という地獄のノルマを課された、命がけの営業活動だった。

極限状態での「逆転プレゼン」が導く、知的興奮の頂点

本作の幕開けは、まさに圧巻の一言に尽きます。普通の人間なら腰を抜かすような凄惨な現場で、主人公・鳥井がまず考えたのは「命乞い」ではなく「ビジネスの提案」でした。自分を殺そうとする暗殺者に対し、相手のビジネスモデルの欠陥を指摘し、成約率(キルレート)の改善案を堂々とプレゼンする。この狂気じみた導入が、不思議と納得感を持って読ませるのは、著者の描く鳥井の「営業マンとしての矜持」が徹底しているからです。

鳥井はけっして武力に優れたヒーローではありません。彼が持つ唯一の武器は、相手の欲望を可視化し、場の空気を掌握し、拒絶を承諾へと変える「ロジカルな対話術」です。この、私たちが日常的に行っている「仕事」という行為が、死体と血の匂いが漂う非日常の世界で最強の生存戦略として機能する様には、背筋が伸びるような興奮を覚えました。これまでのミステリーが「過去の真相」を暴くことに重きを置いてきたのに対し、本作は「未来の契約」をもぎ取ることに全力を注ぐ。この前向きな(といっても殺しの契約ですが)エネルギーこそが、本作の真骨頂と言えるでしょう。


KPIと流血の融合。ビジネスロジックが生む「歪んだリアリティ」

読み進める中で私が最も衝撃を受けたのは、殺人という忌むべき行為が「業務効率」や「コストパフォーマンス」といった冷徹な指標で語られていくことの、滑稽でいて恐ろしいリアリティです。殺人請負会社という異常な組織が、まるで大手企業の営業部のようにKPI(重要業績評価指標)を管理し、PDCAを回していく。このブラックユーモアに近い設定が、物語に独特の「手触り」を与えています。

一方で、あえて冷静に評価するならば、一部の展開には「主人公に都合が良すぎる」と感じる側面があるのも事実です。殺し屋がそこまで簡単に営業ロジックに丸め込まれるのか、というリアリティの欠如を指摘する声もあるでしょう。しかし、それを補って余りあるのが、鳥井というキャラクターの「プロフェッショナルとしての覚悟」です。彼は単に数字を追うだけでなく、殺しという行為の裏にある顧客(依頼主)の本質的な課題を解決しようと奔走します。その姿は、手段こそ違えど、本物のプロの仕事師そのもの。荒唐無稽な設定を、緻密なビジネス用語と心理戦で「ありそうな現実」へと強引に引き寄せる筆力は、新人離れしています。


乱歩賞の枠を撃ち抜く、新時代のエンターテインメント

第71回という長い歴史を持つ江戸川乱歩賞において、本作の受賞は一種の事件でした。東野圭吾氏や湊かなえ氏といった名だたる選考委員が口を揃えて「物語に惚れ込んだ」「ワクワクした」と評したのは、本作が従来の「謎解き」の枠を超え、極上の「人間ドラマ」として成立しているからに他なりません。特に、2週間という短い期間で2億円という途方もない数字に挑む終盤の加速感は、文字通りのジェットコースターでした。

本作を既存の過去作と比較するなら、初期の東野圭吾作品が持っていたような「斬新なアイディアを骨太な構成力で書き切る力強さ」を感じます。ただし、そこに「コンサルティング」や「BtoB営業」といった現代的なエッセンスが加わったことで、2020年代にふさわしい、よりスピーディーでハイブリッドな読書体験へとアップデートされています。本格ミステリーとしての意外な真相もしっかりと用意されており、単なるアイディア勝負に終わっていない点も、高く評価すべきポイントです。この「不謹慎な熱量」こそが、今のミステリー界に最も必要とされていた起爆剤なのではないでしょうか。


おすすめしたい人

  • 日々厳しいノルマと戦い、プロフェッショナルとは何かを自問している方
  • 「ありきたりなミステリー」にはもう飽きた、全く新しい刺激を求めている方
  • 不条理な状況を、度胸と知略だけで切り抜けていく主人公の姿に痺れたい方
  • ビジネススキルの重要性を、極限のエンターテインメントを通じて再確認したい方

まとめ:あなたの仕事観を狂わせる、劇薬の一冊

『殺し屋の営業術』は、私たちが普段当たり前だと思っている「仕事」や「契約」という概念を、根本から揺さぶる作品です。鳥井が命を賭けて交わした契約は、単なる利益のための数字ではなく、彼自身の存在意義そのものでした。その姿に、どこか自分の仕事に対する姿勢を省みずにはいられない――そんな不思議な読後感が残ります。

この物語は、単なるフィクションの枠を超え、壁にぶつかっているすべての人への、あまりに過激で、あまりに真摯なエールでもあります。「どうしてこんな状況になるまでプロの営業を雇わなかったんですか?」という鳥井の不敵な問いかけが、読み終えた後も耳の奥で鳴り止みません。2026年、今もっとも熱いこの「営業術」を、あなたもぜひ体験してみてください。ご自身の仕事が、少しだけ違って見えるかもしれません。

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